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2006年2月に作成された記事

2006/02/28

続ぐーぐる

今度は、Gmailのアカウントをゲットしてみました。

2.5GBもただでくれるなんてすごい話ですね。無料より高いものは・・・という言葉もありますが、まー大丈夫でしょう。じょじょにこっちメインに移してこうかな。

ついでに、Picasa2という写真や映像を管理するソフトもいれてみました。今までは、エクスプローラでみてたので、とても便利!

googleっていうのはほんとに、こんなことしてて、広告収入でなりたっている会社なんでしょうか!?100%ではないのかもしれないけど、どれくらいが広告なのかなあ?

今までにない会社だっていうのもほんの少しわかる気がします。

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2006/02/26

ぐーぐるあーす

んがー!google earth すげー!!!

くー、前は、こういう面白そうなのはいち早くかぎつけてたのに・・。

アンテナ低くなってたかな。

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今日のお話

今日は、ルカ12:13~21たとえ話シリーズ第・・何回目だろう・・?
今日は節ごとにポイントっぽいとこのメモをとってみたので、それを書いてみることにしてみます。

13:この人のセリフ、日本語ではあまりニュアンスがでてないとのこと。他の言語の聖書持ってないので確認はしてないですけど・・。持っててもニュアンスとかわからないし・・。まー用は、ほんとは、もっともっと強い命令の感じらしいです。イエスを一般的な権威として利用しようとしている感じ(ここでは遺産をたくさんもらうために)。イエスに救いをもとめてはいないわけです。

14:それに対する返信。これも、とても強い否定の口調だそうです。求めるもんがちがうだろといった感じなのでしょうか。

16~19:ここがたとえ話ですね。ここで出てくる金持ちは、他のたとえに出てきたりするように、不正で富を得たわけではないよう。ちゃんとはたらいてお金持ちになったようです。豊作!→どうしよう?→こうしよう!となかなかのすばやい判断力と行動力を持った今で言ったらばりばりの実業家でしょうか。

20:しかし、こういう結末になります。某○リエモンを思い出させる感じもあります・・。まだ真相はわかりませんが。そして、聖書の中の彼も悪いことをしていたわけではないのです。ただし、世の中的にはね!ってのが大きなポイントなような気がします。たましいが取り去られるのは、この人が愚かだったからではありません。誰にもいつどうなるかは、わからないわけです。

この金持ちが豊作に対して見事すらすらっと立てた計画。この17~18節の作物、蔵、穀物や財産、という言葉には(これまた日本語にはないですが)「私の」というのを強調した所有格がついているそうです。見事に「もの」に固執している姿が見て取れます。そして、誰も他人が出てこない。すべておれが、おれの、という感じ。他人ならまだしも、神をも一切無視です。

そして、19ではたましいまで自分のものだと。そこが愚かだといわれてしまったわけです。

20:それでは、「神の前に富む」、とはどういうことなのか。

神から与えられた、自分で稼いだ、本人がどう認識しているかはどうあれ、財産を築いたとして、それが神の前に富んでいることになるのか。(ここで天に宝を積むというのがピンときたひとはさすが!)

もの(お金、財産、能力、時間、すべてのもの)は、ただ持ってても、何の意味もない。それをどう使うか、いかに神のために「使うか」が、神の前に富んでいるかどうかではないのか?

というおはなしでした。ん~、聞き逃してるとこも多々あるとおもうので、聞きなおし必須だなぁ。

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2006/02/24

雪山

明日は、ずいぶん久しぶりに滑りにいってきます!

2年ぶりくらいだなー。

楽しみだなー。

まだ滑れるかなー。

会社の同期10人以上でごそっといくのですが、

ほとんどみんなフル装備持参・・。

みんなうまそうです。

おしえてもらお。

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2006/02/21

はてな

web進化論をよんでからというもの、webがらみのサービスが気になってしかたなくなってしまいました。
んで、本にものってて興味があったけどよくわからなかった「はてな」でいろいろとあそんでるわけですが、いやーこれおもしれー。作った人たち、というか思いついた人たち、思いつき続けてる人たちがすげーなーといった感じです。

はてなブックマークとか最初何が便利なのかよくわからなかったけど、あるときおーこれすげーんじゃねーのと気づいてから、いかに使いこなすかにはまってしまいました。まだ自分のは便利とまでいってませんがこんな感じで、構築中です。

んで、集まってるひとたちが賢い人ばかりですごい。
ブログもこっちへ引っ越しちゃおうかな・・。

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眠い

今日は、朝起きたときからずっと眠いわけですよ。

まだ春じゃないってのに、なんだろなあ。

会社着いてから、ペットボトルのコーヒーでねばりつつなんとか昼休み。

ご飯食べて爆睡・・・。

でも、午後も眠い~。

なんとか粘って17:00~17:15の休憩も爆睡。

20:00くらいにもうだめだ、もう帰るぞってことで、今日の仕事の成果をノートに書いて見直してみると、

なんか結構いい調子。すすんでんじゃん!いくつか問題が解決して、次の課題もまとまりつつある。

ん~これでいいんだか、わるいんだか・・。

そんな一日でした。

おわり。

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2006/02/20

おべんきょうほう

日々勉強することは多いですが、どういうふうにしらなかったことを知っていくかってのは、効率に随分と影響があるように思います。

学生の時は、字のごとく学ぶことが中心だったので、それほど効率にウェイトをおいてはいなかった気がしますが、まーでも、昔からやってきた方法で今もやってるかな。(そうなってしまう・・)

自分の場合、

1.なっとくできる例をいくつか、できるだけ深く理解する。

2.いくつかの例から、共通する法則のようなものを見つけてみる(法則そのものが示されている場合はそれと比較してみる)

3.違う例にもその法則があてはまるかいろいろ検討してみる

4.けっこうたくさんの例に当てはまる法則は、たまに確認・修正しつつ、便利な法則として使う

5.法則から新しい例を考え出したりしてみる、それが妥当か検討してみたりする

6.その法則から、直面している問題の解決策を考える

というような感じな気がします。(なにやるにも無意識にこれになってるような・・。)

技術的なことを身につけなくてはならないときに限らず、なんというか生きてくうえで必要なこととか、聖書を読んだり、信仰生活でもこんなんな気が・・。これはよいのかは、わかりません・・。

んーこの辺が、無駄に考えすぎに陥る(ことがある)原因か。

よく聞くlogical thinkingの自分なりver.みたいなもんでしょうかね。

自分では結構この感じ便利なんだけどなー。周りからみたら変なやつだろーなー。

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2006/02/19

今日のお話

今日は伝道者の書11:1~6

とうとう最後の見開きに突入です(自分の聖書では)。

が、今日はどうにも頭の中でまとまっていないので、ポイントだけ書いておいて、あとで、まとめようと思います・・。

・パンを水の上に投げるとは、当時盛んになってきていた穀物の貿易のこと

・地上に積む宝、天に積む宝との関連

・etc,,,

※「礼拝について」の学び編:礼拝とは○○シリーズ→礼拝とは祈りをささげることである

・聖書のなかで、祈り=香(気づかなかったが、ほんとにいっぱいある)

・レビ記:神にささげるもののなかで、香についても細かい記述がある。作る材料、調合の方法などなど。

→似たようなものを勝手につくってもちいると罰せられる

→祈りも自分勝手にしてよいものではないのでは?

→祈りについてよく知る必要がある。正しい礼拝をささげるために。

※追加
礼拝とは信仰をささげることでもある

→信仰とは、毎日の生活そのものである

⇒祈りについてますますよく知る必要がある。

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2006/02/16

メール

今日はこんな記事(hotwired:研究結果「メールの意図が正しく伝わる確率は5割」)。

確かにね。そんなもんだと思います。でも、仕事メールを書くようになって、メールにもうまい下手がくっきりあることを知りました。長くてなんだか読むのが大変なのに要点がよくわからないメールもあれば、きっちり簡潔にでも不足なく内容を伝えるメールを毎回送ってくる人もいる。

よくわからないメールはちゃんと読まれないようなこともありトラブルのもとですね。これの練習あるのみか。うまい人の真似も必要かも。

PCならまだしも、携帯のメールは、これまたトラブルを招いたりしますね。長々と書くのが面倒だったりして、簡潔に済まそうとしても、結局、内容不足になったり・・。見直すのも見づらいし・・。

便利は便利でが、使いこなしてる人はあんまりいないような。

今は、メール以外にも便利なツールがたくさんあります。それぞれ、使い倒して使いこなしてやっと期待されてた効果がでるのかもしれません。

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2006/02/15

「あちら側」

ちょっと前に読んだこの本、随分と話題になっているようです。とてもつっこんだ議論がいろんなとこでなされていて、しょぼい感想を書くのは恥ずかしい感じですが、ちょっと書いてみようかと思います。

細かい部分はわからない部分もありますが、「こちら側」と「あちら側」は、少しは理解できた気がします。んでこの概念がいちばん面白かった。

技術中心に見れば、ものすごい技術を持っておいて、それを売るのではなく、その技術による結果だけを売るってことなのだろか。技術をあちら側に持っておいて、そこから出てくるものだけをこちら側に供給するというか。

ただこの方法、やはり「情報」を扱っているからできるのだろう。車とかだったら無理だろうし。と、考えてしまう時点で頭が固いかな・・?

自分の会社で作ってるものに対しても、考えてみた。

んー原理的にはできないこともないかもしれない。でも今すぐには無理かなあ。まだまだ圧倒的に技術的な面で無理だと思う。スピードが無理。もっとものすごく早いデータ転送技術ができて、ものすごく早くデータを処理できるハード+ソフトができないと。

そうか、でも、これから(性能を上げるには)ただ単に速くするしかないのかと思っていたけど、速くなると、それを生かして、違うモデルのシステムが作れるってこともあるわけだな。新しい技術が出てきたときにそれをどういかすか?そのときやってることに、または新しいことに。本質をつかむことが大事なんだろうけど、ますますそれに時間はかけてられないのがつらいとこなのかな。

感想を書きながら、ちょっと勉強になりました。頭をやわらかーくするのは大事ですね。

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2006/02/14

DIY

DIYというと、
→どぅーいっとゆあせるふ
→なんでも自分で作っちゃう
→日曜大工

みたいなイメージですが、それとは全然関係なくて、いろいろ自分で考えてやれる自由はすばらしいな、という話。

まだ、働き始めて1年弱なこともあり、(他の人はどうかわかりませんが)それほど大物の仕事はまかされないため正直ちょっとパワーがあまり気味な感じがしてまして、会社の同期でいろいろなことをやっている会があります(おもに勉強会)。

一人づつ担当でまわしていって、一応一周したので、第一部完、ということになっていたのですが、やっぱり第二部もやろうと。

第一部の終わりのころには、結構いろいろな人にうわさが言ってたらしく、結構な偉い人が参加してくれたりもしました。これをやめてしまうのはもったいないということで、2週目いこうじゃないか、ということになったわけです。

でも、同じことをまたやったんじゃつまらないということで、案を練っているわけですが、まー、その作業自体が楽しいなと。頭がぐるんぐるんまわる。こんな企画を実行するようなメンバーなので個性的な人が多い(と思う)ですが、それぞれ特徴をいかしていい感じな気がします。

この活動が、もう1化け2化け3化けくらいして、何かしらの結果を出し、実益が出てくるともっと(大変ではあろうけど)楽しくなってきちゃうのではないかと思います。それぞれの業務にも益になるような。

こういうの絶対必要だなと感じる今日この頃。

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2006/02/12

ウェブ進化論

ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる という本をざっと一通り読みました。

おもしれーこれ。普段使ってる道具たちの裏、作ってる会社の背景とかが紹介されていて、これがすべて事実と鵜呑みにするのはまずいにしても、しらなかった世界を垣間見れた気がします(「あちら側」「こちら側」とかとても納得)。

これを前提として、さーどうする、というアイデアが浮かんでこないのは、悔しい感じもしますが、頭とお気に入りにいれといていつか役立てようっと。

ちょっともう一回ぐらい読んでみて感想をまとめてみたいと思ってる感じですが、一番衝撃を受けたのが、あとがきの一番最後。

これ、高校のときの同級生じゃねーのかなー!!? 例によってググってみたらやはり(あくまで予想ですが)そのとおりで、しかも、その世界では結構な有名人みたい。

すげーなー。負けてられん!!

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今日のお話

今日は、こちらの教会 でローマ7:1~6から。

クリスチャンが、解放されているものシリーズが続いていたようで、その第3回律法からの解放について。

極々簡単にまとめると

/*------------

律法は、とても厳格なものである。そして、すべての人は律法のもとに死に定められている。完全に従わなくては、判決は有罪→死刑なのだ。

キリストに救われたものは、その律法から解放されているという。律法から解放されるとはどういうことか?律法が無駄なものとなったのか?従わなくてよくなったのか?

もちろんそうではなく、有罪判決だったのが、完全に無罪とされることによって、むしろ喜んで従うようになる、ということが望まれており、それが正しい状態、理想の状態なのだ。

------------*/

ということだったと思う(間違ってたら、もしくはおかしかったらつっこみ可!)。

喜んで神に従い、喜んで人に仕える。

これほど、すばらしいことがあろうか?いや、きれい事言いたいんじゃなくて、本気で。

正しい状態と理想の状態というのを考えたときに自分の中でそれがほんとにピタッと一致しているだろうか?という問いが与えられた気がする。現状は正しくなくて、変わろうとしている、そのベクトルがその正しい方向へ向いているのか?という感じ。

理想の状態というのは、そうなれたら心から幸せだなーと思える状態かと思う。でもそれは現時点で自分が考えられる範囲でってことかもしれない。

変わらなくてはいけない。そして、変わるのはとても大変。とりあえず動き出すのは大事。だけど、どうせ動き出すなら、正しいほうへいきたい。理想と思える方向と、正しい方向が違うとわかったとき、正しい方向を選べるか?というのは大事だなー。でもそれは、現時点での意思に反してるわけだからとてつもなく難しいはず。

この2つがピタッと一致したら、

喜んで神に仕え、喜んで人に仕えること

ができるんじゃなかろうかと思ったわけです。ほんとに心からそういう生活が送れるようになりたいなぁ。

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2006/02/08

一年前は・・

きっと、世のB4、M2の人たちは死にかけている時期だと思います(もう解放された人もいるのかな?)。去年の今頃はおれも死にかけてたなあ・・。(このブログを書き始めたころだ。)

今日、PCの中を整理していると、「reseach」という名前で修士2年分のファイルが丸ごと入ったフォルダがまだ残っていました。ハードディスクぶっ壊れたらおしまいだから、自分のPCにもバックアップとってたんだった。

ちょっとのぞいてい見ると、毎週の輪講のための資料や、大量のソースコード、そして結果のグラフ、表。論文も学会用やら、修論用やら、その下書きも。

実は、修理論文ちゃんときっちり思う存分はやれなかったな、という思いがあり、それはそれで仕事を怠けそうなときには、「いかんいかん、ちゃんとやらねば」という気持ちを呼び起こすのに役立ってるわけですが、久々に、振り返ってみると、(内容はどうあれ)結構いろいろ考えてやってたかなと思います(いかんいかん、見ないほうがよかったか・・?)。

学生のときは、結果はどうあれ、すべて自分で思うままに工夫して、というスタンスだったのが、仕事では、手段はどうあれ、結果が必要という感じになったかなー。

なぜかって、今やってることはどうやったってすべての責任を自分だけでは取れないから。(自分が)単位落としたり、留年したりする程度じゃすまないのであります。

まーどちらも楽しいけどね。必死に考え、必死にやるのが重要な気がします。ひとつのことを散々必死にやるよい機会かと。

いろいろ環境は変わったけど、あのころより少しはレベルアップしてるんだろか・・おれ?

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2006/02/07

めた

大学のころ、何かの話(だらっとだべってたときではなく、何かちょっとまじめな話だったような。聖研だったかな?)をしていたとき、自分が言った意見に対して、「それはメタ的だね」と誰かが言ったのを妙に覚えています。

なんでかって、メタってなんだかぜんぜん知らなかったから・・。その何か面白そうな響きも重なってのことだと思います。

今だったら、気になった言葉やらは、すぐ調べる習慣がついてしまいましたが、そのころは後で調べようとしたまま放置でした・・。

んで、今日XMLについてちょっと調べていると、これはメタ言語だというではないですか!へー、メタってこういう意味だったんだね。

要するに、一段階上の世界な感じ。理論をまとめる理論とか、本をたくさん紹介してる本とか(あってるかな?)

自分が昔、どんなメタなことを言ったのかは忘れてしまいましたが、この考え方いろいろと便利そう、と思ったらすでにいろいろなところに使われているようです。

XMLは、記述形式を決めるための記述形式ということで、うまくするといろいろ自由自在ということなのかな。応用として、RSSやAjaxというものができているということ。やはり、応用のレベルまで落としてきてくれるとどう役に立つのかわかりやすい感じがします。

XMLってだいぶ前から聞くけど、アプリを思いつく人がいないとだめなようで。他の技術もそんなのが多い気がします。アプリ開発の人たちの大変さがちょっとわかったような気になったかも。

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2006/02/05

今日のお話

今日は、伝道者の書10:16~20。

うちの教会では、しばらく、旧約は伝道者の書、新約はたとえ話シリーズを交互に取り上げています。伝道者も終わりに近づいてきたなあ。

今日のミニポイントは、ここでいう食事ってのは宴会をさすってことかなと思います。朝から、偉い人たちが宴会してるような組織は、そりゃあ「わざわいなこと」ですね。

組織(国やら、会社やら、教会も!)の上のほうひとたちが子ども(のように未熟)であったり、朝から宴会でさぼってたりすると、なにより、ばりばり働くひとたちのモチベーションががた落ちです。やってらんねー、という感じでしょう。

そんな人がいるわけではないですが、会社に入ってから、組織(チームといったほうがよいかも)の重要さ、難しさを一段と感じます。

ひとりひとりがいくら優秀で、天才的だったとしても、ひとりでやれる量に限界があるぶん、いかにチームとしてうまく機能するかはとても重要です。(レアルマドリードとバルセロナの違いのようなものです)

そして、そこには必ずリーダーがいる。(レアルは・・誰だ?バルサはもちろんですね。人間としてもとてもしたわれているらしい)。

わがままでジャイアンみたいなリーダー、こてこてな悪徳商人、悪代官みたいなリーダーだったら、いやになりますね。

しかし、続く20節があります。ローマ13章もありますね。他にもたくさんありますが、

さばく、呪う権限は人間には与えられていない

わけです。これは、わかってるようで忘れがちな気がしました。何かに文句を言う、不満を言う、その時点でそれは呪ってるのかもしれません。

じゃあ、どうすればよいのか?・・・・・・・・・最重要項目をメモり忘れました。録音したのを聞きなおそう・・。

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2006/02/04

Mac

Intel入りのMacのCMを初めてみましたが・・。
なんだかすごい言われようですねw。
「解放」されるって・・。

Mac買ったことないのでなんとも言えませんが。
これで、互換性の強いシステム、アプリが増えたりしたりもするんだろか。

見た目はたしかに、かっこいいけども、ホントにMac好きな人は、メインがそこじゃないんだろな?でも、やっぱり乗り換えるには、まだいろいろとつらい感じが。

さて、Intel入ってるMac。真価はどんなもんか?

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outlet

大洗にアウトレットができるらしいっす!(半月くらい前の記事だけど)。

BeamsとかNikeとかAdidasとかあっていい感じ。

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2006/02/02

google desktop

でてからちょっと経つみたいですが、(※調べてみたら、英語のβ版がでてからは2年、日本語版も1年近く経つんですね・・。ここでも英語が先・・だよなやっぱり)

google desktopいれてみました。

こりゃーいいや、便利!

このさくさく感がいいですね。最初にやるインデックス付けというのがポイントなんだろうか。

そういや、IBMが世界中のメディアにインデックスをつけるのにどうたらこうたらというニュースをちょっと前読んだような・・。

インデックス付け、ちょっと興味があります。

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