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2005年10月に作成された記事

2005/10/31

もうめっきり寒くなってきました。
天気予報では明日の朝は、ひとけたの温度のようです。

毎年ですが、暑くなくなってから寒くなるまでが一瞬で過ぎ去ります。

去年もそれまでに無くそう思ったけど、今年もさらに早い。
いつの間にか銀杏が紅葉し終わって散ってました・・。

でも、夏か冬どっちが好きかといったら、「冬」かなあ。
(天敵の太陽光線が弱いし、)なんとなくゆっくりした感じがいいです。

こたつを買おうか思案中。

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2005/10/25

続設計

仕事が大変になってきました。
とはいっても、ずっと同じ事の続きをやってるわけですが・・。
なかなか仕上がらないです・・。ほんとは先週末完の予定が一週間遅れになっていまいそうです。

まあでも、たとえて言うならば、
「わからないことは何でも質問していいし、資料コピペもありだけど、ほとんどはじめての分野で卒論を書く」くらいな感じなので、そりゃあ大変なわけです。

質問していいといわれても、何を質問すればよいのか考えるのが大変です。

でも、直属の上長(5歳くらい上)の人がどんなしょぼい質問でも、親切に答えてくれてありがたいことです。
まだまだ議論するまでにいかないのが悔しいところですが、ちょっとこの分野楽しくなってきました。
せっかくの指導に答える意味でももっとがんばらなくてわ。

まだまだ道は険しいけど、ひた走るのみ!

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2005/10/22

地震2

いやーゆれたゆれた。

今日のは、気づきました。
ゆっさゆっさ揺れて、寝てたのに起きちゃった。

こないだのは南から、今日のは北からみたいです。

こまめに地震があるとでかいのは来ない、というけどどうなのかな?

通説とよばれるものほど怪しい・・。

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2005/10/20

地震

今日は、茨城で大きな地震があったそうで。
このへんは震度4だったらしいです。
4って結構でかいよなあ。
揺れたんだろうなあ。

他人事のように、書いてますが、
ちょうど運転中で全く気づかなかったので、
まったくの他人事です。

部屋に戻ったら、本が2,3冊倒れてて、棚のうえの小さいものがちょっと床に落ちてたくらいだし、へぇそうだったんだ、という感じです。

大丈夫だった?
という電話ではじめて地震だったことを知りました。

ん〜何か取り残された感。

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2005/10/18

率直に。

率直に、最近の感想。

「1日がすごく短く、1週間もすぐに過ぎるが、1ヶ月がものすごく長い。」

さて、どういうことだろ?

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2005/10/13

設計

今週は結構、帰りが遅いですが(来週まで続きそう・・)、ようやく、設計っぽい作業ができるようになってきました。

これまでは、何もかもわからず、どこまでが決まっていることで、どこを自分で考えて作ればいいのか?何を決めなくちゃならないのか?そのときの制約は?工夫すべき点は?など、覚えることが多い中で、疑問のどんどんわいてきて、大変でした。

が、そんな前準備がほぼ終わり(今の仕事に関してだけですが)、ここに自分の知恵、発想、アイデアを使うところだ、という部分に入ってきました。

いろいろ考えること、頭を使うこと、は嫌いではないですが、がんばりどころがわからない状態というか、何が問題なのかわからない問題をとかなくちゃならないのはとても気持ちわるいもんです。難しい。

今回は、そのフェーズは突破できそうですが、これからも、そんなんばっかりなんだろうな。

「何が問題なのかを自分で設定して、それを解く手段を提案する。」

下手すると、自己満足で何の役にも立たないことになってしまいそうです。よい設計者への道は、なかなか険しそうです。

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2005/10/08

総裁

今日は、長い時間電車に乗ることがあったので、雑誌でも買おうかと上野駅の本屋に立ち寄りました。

社会人らしくビジネス系の雑誌でも買っちゃおうかと思い、ぱらぱらめくりながらいろいろ見ていると、「日経ビジネス」という雑誌の表紙に「目覚めた日本人」という文字が。なんか面白そうだったので、開けてみると、巻頭に、前日本銀行総裁の速水優さんの記事がありました。

いやー恥ずかしながら、この人がクリスチャンだったとは知りませんでした。こういう雑誌の巻頭記事で聖書からの引用をみるとは思いませんでした。

内容はというと、「土の器」のところの話で、コリントII4:7が自身の職業観を変えた、ということでした。「弱くて力の無い人間の土の器を満たしてくださるのは神の力であって、自分の力で全てを成していると思い上がってはいけない。だからこそ絶体絶命の窮地にあっても失望することもせず、四方から苦しめられても行き詰らない。」(以上引用)と。総裁を務めていたころは日銀本店の総裁室のおくの小部屋に「キリストは私たちの平和」「恐れるな、わたしはいつもあなたとともにいる」というみことばのかかれた掛け軸を2本掛けておいたそうです。

なんだかこの謙遜さ、へりくだり具合にいたく感動してしまいました。他にも本書いてたりするのかなこの人?

そして、この雑誌は迷わず買ってしまいました。

他の部分は、一般的なビジネス雑誌でした。それはそれで考えさせられる事もためになることもたくさんありましたけどね。

たまには、めったに行かないジャンルの棚にも行って見るもんだなあ。

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2005/10/06

ついに!

ついに見つけてしまいました、
ここ茨城で、うまいラーメンや。
茨城で、とはいっても、こてこての博多とんこつですが・・。
でも、しっかりした白いとんこつスープで、面もちゃんと細いです。

できれば、家系のようなとんこつしょうゆを求めてはいたんですが(んで太麺)、やっぱり本場を週2ペースで食ってたものとしては、どうにも納得し難い店が多く、でもどうしてもラーメンが食べたいときはあるもので、半分しゃーなしで近くの店にいってました。

そんななか、生まれてからこのかたずっとこの辺にすんでるという同期におしえてもらったのが、この店。うまい。

ちょっと遠いんですが今は車があるので余裕です。

というわけで、たった今行ってきたわけですが、いつもののりでラーメンライスいったら、100円でどんぶりのような器にライスが!腹減ってたし、うまかったので完食したけど、食いすぎた・・。

知らなきゃ入らないようなぼろい店構えではありますが、お客さんいっぱいでした。うまいとこには田舎でもぼろくても人が集まるモンですね。

また近いうちにいっちゃいそうです。

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2005/10/05

記述 ことば

誰かが言った言葉、書いた言葉を見回るのが好きです(おもにweb上)。

webなんてのは、それが恐ろしいほどに拡大したものであって、ほとんどそれからできています。自分でページを作ったり、このblogを書き始めたのもそんなものを集めだしたのがきっかけでした。

何でそんなことが好きなのかちょっと考えてみると、それは自分の表現力の無さ、語彙の無さから来ているのだと思います。考えていること、思っていることを自分で言うよりも的確に表現しているようなものに出会ったとき、そうそうおれが言いたかったのはそういうことだよ、と思いメモるわけです。

世の中には文章を書いて、食っているような人もいますが、それよりは、何か他のプロである人が言ったちょっとした言葉のほうが印象に残ったりします。文章のプロの文章はそれで、とても魅力的ではあります。本を読んだりすれば、自分では到底たどり着けないであろう表現に出会ったりします。ある程度何かを極めた人にしかわからないことがたくさんあるのだと思います。

これもどこかで読んだ話ですが、言葉で(分野によっては、絵で、数学で)うまく記述できるということは、そのことを知っている、考えられるということよりも、さらに一歩進んだ状態なのだそうです。何かを発表するときでも、より深く難しいことを知っている人のほうが、簡単にわかりやすく話すことができる、これも似たようなことかもしれません。ちょっとしか書いてないのに内容が再現できるメモ、いろいろたくさん書いてるのに後からみるとよくわからないメモとかも・・。

「記述すること」(=話すこと、説明すること、表現すること)で、自分の考えがさらに進んでいくということがよくあります。逆に間違って記述したばっかりに考えまでおかしな方向へいくこともありますね。

せっかく、これだけたくさんの人の文章が読める時代なので、よい言葉をたくさん身につけたいと思う今日この頃です。

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2005/10/04

捨てる技術 vs 捨てない技術 : Hotwired

捨てる技術 vs 捨てない技術 : Hotwired.

『では、その軸はどうすれば持つことができるのか。最初から「私」という軸を持っている人はいない。生きていく過程において、作り上げていくしかない。おそらく「私(自己・自我・個性)」とは、発見すべき、あるいは到達すべき確固としたものというよりも、流動的で経験的で、可塑性の高いもの。つねに強化しつづけなければ、すぐにもろく崩れ去る。』

そのとおりかもしれない・・。人間とは?自分とは?ということを考える意味はあるのか?と思うこともありますが、それによって何かしらの答えを得て、それによってそれからの生き方が変わるなら、それは大いに意味を持つことなはず。いろいろ考えるのが楽しいときはひたすら考え込むのも悪くないのかも。

※抜き出した部分はずいぶん固い文ですが、それ以外は面白く、なかなか興味深い文章でした。

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2005/10/03

"think different"

↑某企業のロゴのようになっている一言ですが、よくよく考えてみれば、こんなふうに考えて生きてきた気がします。妙に流行りものが嫌いだったり、気に入ってたものでも広まってくると興味が無くなったり。普通が好きではなかった(のかな?)。意識的に避けていた感があります。

でも、最近急激に、気にしなくなっていることに気づきました。かっこよく言えば、他人と比べることに意味がないと思い始めたのでしょう。

同じか、違うかということではなく、それが真に、よいのか、わるいのか?よいなら取り入れ、わるいなら解決する。純粋にそこに目を留められることは難しいですが、大切かと思います。

ただ、一面からだけみて、よい悪いを判断するほど、危険なこともないのも事実。

でも、あまりに客観的になりすぎるのも違うのかなとも思う今日この頃。

中途半端にならず、どっちつかずにならずにバランスをとることがベストな方法かな?

いやー難しい。

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2005/10/01

実習終了。

昨日で現場実習が終了しました。
最後の日に限って、現場の人たちも、こんなのは初めてだ、というようなことが2つも起こってしまいましたが実習としては終了です。実習生にどうこうできる問題じゃないし・・。

感想として、設計でもそうですが、ここでも大切なのことは「伝達」「継承」でした。これまで培ってきたもの+新しく出てきたアイデアをいかに効率的に確実に伝えるかというのは、とても難しいことですね。そして、誰に何をいつ伝えなくちゃならないのか?ということ。そのためにはどうやって伝えればいいのかということ。文書やメールで送ればそれでいいか、口頭で伝えればいいのか、というとどちらも長短あります。
どこかで聞いたこともあった気がしますが、

「実際に会って話す」 or 「電話で伝える」 or 「文書、メールで送る」

を適切に使いこなせてる人はそうそういないように思えます。いろいろ便利なものは増えてますが、うまく使いこなさないとかえって失敗の原因になったりも・・。

なんにせよ、いろいろな立場で考えて、いろいろな部分に「配慮」できる、というのがいろいろな問題にたいして有効な気がします。「配慮」できるテリトリーを増やして行きたいな−。

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